「ベンチャーだからこそ、広報・ブランディングは1日でも早くやるべき」スクウェア・エニックス広報室長・野原和歌さんが向き合う広報という仕事

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株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングスで広報室長を務める野原和歌さん。ブライダルを手がけるベンチャー企業の成長を広報・ブランディングで後押しした後、日本を代表する菓子メーカーで、社内を巻き込み共創を生み出す広報を展開してきました。2社での経験を生かし、エンターテインメントという新たな分野に挑戦する野原さんは、どんな思いで広報という仕事に向きあっているのでしょうか。ベンチャー成長期のブランディングの重要性から、共創することで生まれる成長、ダイバーシティがもたらすものまで、話は多岐に渡りました。


プロフィール:2000年ロンドン大学大学院を卒業。ブライダル事業等を運営する(株)ノバレーゼで広報・宣伝、ブランディング、CSRなどを担当。会社創立初期から東証一部上場まで、中核メンバーとして事業拡大を担う。2015年2月に菓子・食品事業のカルビー(株)に入社、入社1年目にしてカルビーのメディア露出量(社内調べ)を過去最大化させる。広報課長として社内外への情報発信プログラムを企画・活性化させ、同社は2018年に経済広報センターの「企業広報大賞」を受賞。2018年9月からスクウェア・エニックス・ホールディングス及びスクウェア・エニックスの広報責任者を務める。

ベンチャー成長をブランディングで支える

大学院で美術やキュレーションを学んでいたこともあり、卒業後は美術館に携わる会社に就職しました。しかし、自分がやりたい方向と違うと思っていた時に、名古屋で創業したばかりのブライダル企業、ノバレーゼの浅田剛治社長(当時)に出会ったのです。

ブライダルという人が集う場を作ることは、自分がやりたかった美術館を作ることにも似ているかもしないーー。そんな思いからノバレーゼに転職しました。

当時は創業間もない時期で、東京への進出を検討するタイミングで社員は約10人。できることは何でもやりました。ウエディングドレスのコーディネーターから始まり、3、4カ月で、ウエディングプランナーになりました。入社から1年後にはで名古屋から東京勤務となり、レストランから運営受託したウエディングの企画や運営を担当しました。

[ノバレーゼ時代の野原さん(左)=野原さん提供]

入社3年目で、会社全体のブランディングを手がける業務に携わることになりました。社員は100人規模になっていました。店舗展開を加速して急成長を遂げていたノバレーゼが、拡大する中で企業文化やブランドをしっかりと整備していかなければいけないフェーズでした。

ブランディング領域の仕事として、広報にも関わり始めました。

結婚式は、ステークホルダーが新郎新婦だけではありません。お二人の親御様やご家族など多くの方々が関わることので、様々な方々への社会的な信用度も大事だと思っていました。結婚情報誌だけでなく報道を通じて世の中にどうやって伝わるかを考え、見よう見まねで広報に取り組みました。

ですから、最初から広報という仕事をしたいとを考えていた訳ではないんです。広報そのものをやったというよりも、ブランディングという領域の中の一つとして広報を手がけたという感じです。

例えば、地域の農家と連携したCSR活動などを手がけた際には、長年活動を継続しないとブランドに活かされないと考えていました。活動を当初目指していたものからブレなく継続させるため、研修を担う部署と取り組みを連動させてお客様に提供する食の重要性を生産現場で学ぶとともに、地元の農家と協創して商品を作る連携を創出しました。

6次産業化という概念は理解していましたが、どうやったらブランディング領域に活かせるのか懸命に模索していました。振り返れば、持続的可能なCSVを目指していたのでしょうけれども、当時はその概念を知らず、手探りで考えながら取り組みました。

ただお手伝いをするだけでなく、協働して何かを生み出し、取り組みを契機に誰かの生き方が変わり、それが組織で活かされ、地域に還元されるーー。ノバレーゼでの広報・ブランディングに関係する取り組みが、自分のベースを形作りました。

広報がやりたいと気づいた転職

これだけ広報に関わってきているので、意外に思われるかもしれませんが、広報をやりたいと考えるようになったのは、カルビーへの転職の時でした。

契機は、浅田社長の退任でした。浅田社長は常々、45歳で会社をやめると公言していました。自分たちがボトルネックになるからやめるんだ、と。ブライダルのメインターゲットは20代後半から30代です。浅田社長自身が若くしてノバレーゼを立ち上げたきっかけも「おじさん、おばさんが僕たちの感覚がわかるはずがない」というところからでした。

自分たちの成功体験だけで会社を続けるのではなくて、次世代に渡していくべきだという持論の持ち主でした。私もそれを信じていたので、浅田社長がやめると言った時に「私もやめるんだ」と思い、自然と転職活動を始めました。

ベンチャーで何でも仕事をしていただけに、自分の専門領域というのがよくわからなくなっていました。マーケティングなのか、広告なのか、広報なのか、どの領域で仕事をするべきかを悩みました。よく分からないなかで転職活動をしたので、最初はかなり苦戦しました。そこで、気持ちを切り替えて、転職活動は「大人の社会科見学」と称して(笑)、自分が何をしたいのかをじっくり見極めるためにアパレルからITまで20社ほどを訪問しました。

様々な会社を訪問する中で、自分が心惹かれる企業、仕事内容が分かり始めました。日本で創業した企業で、企業のブランドや人の育成、文化作りを大切にしている会社でした。

そして、その会社において、社会のニーズや社会が価値と認めるものを社内外に還元しながらコミュニケーションしていく広報が、私にとってはクリエイティブで自分にあっていると気づきました。

ブライダルは20半ばから30代とターゲットが限定されるため、広報の手法は限られていました。なので、もうちょっと広げてオールターゲットでやりたいとも思いました。

そんな矢先に、社内外の広報ができてターゲット層が広いカルビーに出会ったんです。

共創、ダイバーシティ&インクルージョンによる成長を実感

[カルビー時代の野原さん(野原さん提供=写真のポテトチップスは販売終了)]

カルビーはとても素晴らしい会社で、上司もすぐれた広報ウーマンだったので、ダイバーシティ推進など企業価値向上という点では会社のブランドを周知させる取り組みをしていましたし、結果も出ていました。

企業広報が進んでいて、商品広報に課題意識があったので、最初の1年はいかに商品をメディアに掲載してもらうかに注力しました。

大手新聞社や、首都圏でリリースが取り上げられることがあっても、他の地域で取り上げられることが少なかったので、各地域でのPRに取り組んだり、広告予算が少ない事業部のPRを集中的に実施するなど、攻めの広報を展開しました。

カルビーではメディアへの露出量、広告換算額、報道の内容をベンチマークとしました。加えて、私自身としては、ポテトチップスの売り上げに何十億円寄与するという売り上げ目標を立てました。広報が売り上げに寄与できるかどうかやってみたかったんです。

売り上げへの寄与は実際には算定はできませんでした。でも、事業部と一緒に私も売り上げを握っていますと言いながら協働していくことができたのは、とても意義が大きかったと思います。事業部と売り上げに対してコミットするという意識を持つことで、広報は変わります。ただリリースを出しますというのと、わたしも売り上げ握ってます、なんかやらなきゃいけないんです、というのでは、関わり方の深度が全然違いますから。

事業部とのコミュニケーションは、飛躍的に深まり、2〜3年目で広報がどのように事業部とかかわっていくのか考えながらながら、広報に取り組むことができました。社内を巻き込み、部署の垣根を超えて共創しながら取り組むことで壁を乗り越えると、社会に大きく還元できることも実感しました。

カルビーでは、多様な人材を受け入れ組織に活かすダイバーシティ&インクルージョンの重要性も実感しました。個々のメンバーの能力が生かされることでより大きな目標を達成できることを確かめることができたからです。

楽しいんですよ!自分一人だったら絶対に到達できない目標を、入社1年目でも、3年目でも、20年目でも皆等しく意見を出し合いながらチャレンジしていく。素晴らしいなと思いました、お互いから学びあえる職場って。

広報・ブランディングの再現性への挑戦

だから、カルビーは大好きで、全然やめる気がなかったんです。スクウェア・エニックスから、最初のオファーがあってから一年ぐらいたった時、カルビーの松本会長が退任することになりました。

カルビーという会社にいることは、私にとっては「安心・安全」でした。カルビーという会社が本当に大好きですし、安定した自分の未来も思い描けました。

でも、全く違う業界のスクウェア・エニックスという会社で、広報という領域において再現性高くブランディングができるのかどうか、自分自身への挑戦がしたくなったんです。迷った末に、見えない未来を選ぼうと思いました。

振り返ってみると、これまでの転職は、すべてトップの退任がきっかけでした。広報は、社長のスポークスパーソンでもあります。私は、明日から違う経営者に仕えることができるかというと、やっぱり違和感は残るんですよ。昨日まで信じていたこと、言っていたことと違うことをできるかどうか。私はできないなと思いました。

企業価値はそこで働く人そのもの

ゲームをするのですか?と良く聞かれるのですが、ゲーマーと言えるほどではありませんが、最初に親にプレゼンして買ってもらったゲームが「ポートピア連続殺人事件」でしたし、ドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーをプレイして育ちました。今、自分の過去を形づくってくれた会社にいることと、そのゲームを作っている人たちと一緒に働けていることに、とてもワクワクしています。

スクウェア・エニックスの一員として、毎日大きな問いを持ちながら仕事をしています。「いいゲーム」ってなんでしょうか?売り上げが多いゲームでしょうか?コアユーザーが多いゲームでしょうか?長年愛されているゲームでしょうか?そういうことを問い続けられることが、スクウェア・エニックスという会社の強みなのではないかと、入社してから思っています。

経済基盤があって、それぞれの従業員がいいゲームづくりに邁進できることって、本当に素晴らしいことだと思います。素晴らしい環境でゲーム開発ができる喜びだったりとか、自分たちの先に世界中の人がいる喜びを、もっと社内に還元できたらいいなと思っています。

ベンチャー企業は年商数億の時は社内も仲良しですし、良い企業は成長します。しかし、そこから拡大する時って、経営トップはどうしても売り上げに目線が行きます。けれども、売り上げを生み出しているのは従業員なんです。そして、従業員の気持ちは売り上げでは動きませんし、モチベーションは上がりません。

企業の価値そのものは、そこで働いている従業員です。従業員がまず会社のファンであるのかどうか、ファンになってもらわなければいけないし、ファンになっていくには、社内文化や社内コミュニケーション、これは企業の大小に関わらず大事です。

良い企業から強い会社を目指すのであれば、社内コミュニケーションを1日でも早くちゃんと機能させるようトップがコミットしなければならないと思います。私がいた2社では強いコミュニケーションが機能していました。スクウェア・エニックスでも社内コミュニケーションを最優先事項とするようにとトップから言われています。

時間はかかります。でも、いつか始めるのであれば、早い方が良いのではないでしょうか。

全ての従業員が、大切な時間を会社に寄与していると思います。願わくば、素晴らしいエンターテインメントを生み出すために、それぞれが活かされて、成果が出せる環境をコミュニケーションでつくること。それが企業の価値を生み出していく…。そういう会社の企業価値創造のために広報は存在しているのだと思います。


東京ミッドタウンホールで2月22日(金)に開催されるアプリの祭典・App Ape Award 2018では、去年1年間で顕著な成長を遂げたアプリを表彰するほか、野原様をはじめとする豪華な登壇者様によるセッションを実施します。

App Ape Award 2018の詳細は特設ページでチェック!:https://award.appa.pe/2018/